1週間ほど前。ここ2年ほどお仕事をご一緒している、東京と岐阜で二拠点生活をしている方からのお誘いで、岐阜県・山県市という、空と木々に囲まれたのどかな場所へ、秋の稲刈りのお手伝いに行ってきました。
「絶対途中で『まじもう無理なんだけど』とか言い出しそう」と、東京で生まれ育った、生粋の「都会っ子」の私が、厳しい作業に音を上げるんじゃないかと周囲に茶化されながら迎えた当日。私だけ2日目からの参加だったこともあり、到着する頃にはほぼ全ての稲が刈り終えられていて、私が作業をはじめてから、たった15分ほどで全ての作業が終わったことに若干拍子抜けしてしまいました。
1日目から黙々と作業していた面々が、2日間の達成感を晴れやかに分かち合っているそばで、観光客向けの簡単なレクリエーション程度の体験しかしていない私は、その達成感を共有したかった気持ちと同時に、内心(正直これくらいのボリュームでよかったかも…)なんてことも思っていて、結局、周囲が思い描いていた「都会っ子」の私そのものだったことに、自分のことながら苦笑してしまいました。

ひとくちに「地方」と言っても、日々の移動に車が欠かせない地域、近所同士の助け合いが暮らしを支えている地域、受け継がれてきた文化を大切に守っている地域と、暮らしのあり方はさまざまです。
騒がしい都会を離れて羽を休めたい時、便利な都会の暮らしとは、まったく異なる暮らしが地続きに存在していることに、敬意にも似た感謝の気持ちを抱きます。それでも、帰りの新幹線の窓の外に、高いビルが立ち並ぶ風景が見えてくると、「やっぱり私は東京の暮らしが落ち着く」という気持ちに、毎回帰ってくるのもたしかです。
東京は何においても距離が近く、日々の移動も小さく済んでしまいます。運転免許がなくても何も困らないし、ひとつの街の中だけでも、たくさんの選択肢があります。一駅ちがえば、隣の店へ移動すれば、自分の生き方とは全くちがうライフスタイルにアクセスできる。
そんな「小さい移動」でちがう文化圏に行くことができる東京という街で生まれ育ったからでしょうか。私は、実際に自分のからだを動かし、「大きく移動すること」で得られる経験や手触りを、自分のものとして想像する力が乏しいまま、大人になってきてしまったと感じることがあります。
これからの生き方や、生きていく場所について考える時。
何も東京ばかりが正解じゃないはずなのに、どんなに家賃や物価が高くても、東京に居続けようとする理由は、「慣れ親しんでいる」からだけなのだろうか。
無意識に、東京を離れることが、何かを諦めたり、何かから“降りる”ことになるような気がしていなかっただろうか。
東京の外を、画一的で、閉塞的な暮らししかない場所だと、どこかで決めつけていなかっただろうか。
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数年前、一度も海外に行ったことがないのにもかかわらず、新たな生き方へのひらめきを探して、中央アジアの国、ウズベキスタン共和国に行くことを計画した時期がありました。とはいえそれは口ばかりで、お金もなかったし、旅行慣れもしていないし、結局宣言ばかりして行動に移さなかったのですが、それでも、とにかく今とはちがう新たな生き方をたずねるように、あの時期、私は映画をよく観ていました。
数時間前には東京にいたことが信じられないほどのどかな田園の景色のなかで、「今とはちがう生き方」をひたすら探していたあの頃、自分を重ね合わせて何度も繰り返し観た『おもひでぽろぽろ』という映画のことを思い出しました。
物語は、当時の私と同じように、これからの生き方をどこか決めかねている27歳の主人公・タエ子が、姉の縁を頼り、義兄の実家の紅花摘み作業を手伝うため山形へ向かうところから始まります。
作中、子どもの頃から「帰省できる田舎」に憧れ続けてきたタエ子が、その穏やかな暮らしに触れながら蘇る少女時代の思い出と、今現在の自分自身との往復のなかで、これからの生き方に思いを馳せる様子が描かれるのですが、滞在の終盤、「そんなにここの暮らしが気に入ったのなら」と、突然その村での縁談話を持ちかけられたタエ子が、その誘いにひどく動揺してその場から走って逃げてしまうシーンがあります。
帰るのが惜しくなるほど愛着を感じていた場所が、本当に「毎日暮らす場所」になるかもしれない。そこで暮らす誰かの人生を眺めていたつもりが、自分にもその人生があり得ることに、突然気づかされてしまった。都会とはちがう暮らしを束の間体験して「こんな暮らしもいいな」と思うことはあっても、「本当にその土地で暮らす」ということが、何を引き受けることなのか。
タエ子は、そこまで想像できてはいなかったのかもしれません。
私が稲刈りの作業をしたのは、ほんの15分間ほどのこと。けれど、稲を刈るまでには、田を耕し、水を張り、苗を植え、水の量を見ながら草を取り、暑い夏を越えていく長い時間があります。
私にとっての短い体験の向こうに、誰かにとっての毎日がある。その毎日には、私が知らない苦労だけでなく、楽しみや工夫もあるはずです。実際にそこに暮らす人たちと並んで過ごしているようで、本当はその場所を傍観していたことに気づいたあのシーンのタエ子のように、その土地の暮らしの一部分に触れただけで、「田舎生活は良い」とも「私には東京しか無理」とも、私には言いきれないはずなのです。

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東京で暮らしていると、物理的に手に入らないものは「ほぼない」と言い切っても過言ではないように思います。
けれど、その「もの」は、東京のなかだけで作られているわけではありません。それでもお金さえあれば、いつでも何でも手に入ってしまう便利さのなかでは、その生産の向こうにある土地や、そこで続いている生活を、知らないままでも何の問題もないかのように過ごせてしまいます。
「東京」という都市が、いろいろな国や地域とのつながりによってはじめて成り立っていることは、その製造地や生産地を一目見ればわかります。頭では理解している。情報としては受け取っている。けれど「便利な東京」で暮らしていると、そんな当たり前のことさえ、「情報として知っている」以上の実感を持たないまま、生きられてしまうのです。

もの、人、仕事。生きていくことに欠かせないそれらが、より多く集まる場所にいること。そういう物差しで社会を理解していると、別の場所へ暮らしを移すことが、「上がるか/下がるか」の選択に見えてしまう。けれど、地図を広げて、自分の足を動かして移動すれば、頭で理解していたその場所は、自分の生活と地続きにあり、そこで暮らし、何かを営み続けている人の姿が見えてきます。
その感覚をひらいていくと、旅行や観光でひととき「体験」しているものも、そこに暮らす人たちが毎日繰り返している営みがあって、はじめて成り立っているのだということが、頭だけではなく、自分自身のからだ全体で分かるようになってくるのではないでしょうか。
私は、東京での暮らしが好きです。
この街で生まれ育ったからこそ選択できたことは、間違いなくあります。
でも、だからこそ、移動することで見えてくる自分の暮らす場所の成り立ちや、それを測る社会のものさしを、もっと自分のからだや暮らしの中に取り戻したいと、改めて思います。
私たちが「当たり前」だと思っている都市と地方の距離や関係、そこでの暮らしに対するイメージは、本当に自分自身がたしかめたものなのか。想像するだけに留めずに、自分自身が日々ちゃんと移動して、抱いた疑問を自分の中だけで解決せず、人にたずね、耳を傾け、手触りを感じること。
それは、日々を生きていくなかで直面するさまざまな「課題」や「問題」への向き合い方にも生かすことができるように思います。そうした「移動」と「想像」の往復のなかで、その場所に実際に行くことができなくても、“その人”が目の前にいなくても、その先に続いている暮らしや営みを想像する力がついていくのだと思います。
そうした繰り返しを重ねていけば、生き方に行き詰まるたびにどこか遠くへ新しい生き方を探しに行かなくても、自分自身がどう暮らし、どう在りたいのかを、少しずつ見つけていけるようになっていくはずだから。
2026.09.30
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